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与論シマライフログ

与論島での生活の様子、舞弦鼓の活動などをご紹介!

文化媒介者?

先日、メディア社会学を研究されている大学教授とお話しする機会があった。

そんな視点があることも、「文化媒介者」という言葉があったことも知らなかった。

 

 

最近はその「文化媒介者」もメディア化していっているという。

文字の意味とおり、「文化を媒介する」人。

 

一昔前までは、例えば集落の踊りや唄などであれば、

各年代が集まって、指導・指揮する人がいたが、現在は

郷土芸能であっても、各イベント等で出演したり、CDだしたり、それこそ、

TVや動画サイトに投稿したり。そうやって媒介していっていると。

  

「文化とか伝統って、どこかのタイミングで誰かが意図して作っている」

というところですごく意見が合致して次々と話が湧いてきた。

 

自分がやろうとしてることって、たぶんそういうこと。

「与論の芸能を」「与論の曲中心で」「全力で」だし。

これを、意図して作ってる。

 

歴史もそう。史実として残ってる歴史は誰かが意図をもってそう残している。

 

文化もそう。ハッカーナーの飲み方ですら、与論献奉 が何百年も前から

その名前でやってると思ってる人も多いだろう。

もともと古くから日本全国にあった飲み方で、宮古島とか与論とか一部地域で

残っただけっぽい。

 

 

今消滅の危機と言われてる南西諸島の方言も、昔の大和言葉。

これから300年とかたてば、共通語は英語まじりの日本語とかになってて、

今の日本語が「危機言語」になってる可能性すらあるし。

 

エイサーも、色んな人が色んな形態を模倣して今の形態になってきてるし。

そして、エイサーのまち、コザとして発信しているサイトでも、

kozaweb.jp

エイサーの始祖といわれる袋中上人のお寺が那覇にあるなんてことは書いてない。

意図があって書かないようにしているのかな。

まぁこのエイサーの始祖っていうのも通説にしたい人がいたのかもしれないし。

のちに新事実がでてくるのかもしれない。

 

歴史って感情がはいりますもんね。

 

島唄だって、、もともと「シマ=地域」という、意味でのでシマ唄だったのに

今や「島=各島々」での「島唄」になっちゃってるそうだ。

これは、メディアがわかりやすく作った言葉で、それが一般化されたもの。 

 

与論町誌では「新民謡」とされてる「与論小唄」や「与論ラッパ節」

も、今や「新」が外れて「民謡」と言われているし。

 

考え始めたら探し始めたらキリがないですね。

 

人が生活していくうえで、創造、醸成されていく文化。

時間の流れ、そして世代ごとで感覚は変わるんでしょう。

 

恋愛観や結婚観、男女の役割、世代間のコミュニケーションのとりかた、

生活の沿ってあるものだから、なかなか気づきにくいところだけど、

いい勉強になりました。